「キブンの時代」への反響「気分」と「我慢」
「キブンじゃない時代」ってどんな時代だろう。企画を前に、あれやこれや考えてみましたが、しっくりとしたイメージがわいてきませんでした。でも、気分で走ってしまう「遊び型非行」を考えた5日付の記事に寄せられた感想の中に、なるほどと思わせるものがありました。
社会福祉施設で働く女性は「施設でもおもむくままの生活をしていて、周囲に迷惑をかける人が増えている」というファクスを寄せてくれました。別の読者はメールで「子供が駄々をこねると、望む通りにおぜん立てする親が目につく。そんな育てられ方をした子供が、記事にあったような事件を起こすのではないか」という意見を送ってくれました。
2通の文面に共通していたのが「我慢の欠如が、遊び型犯行の背景にあるのでは」という記述。気分の対極を探ると我慢にたどり着くという指摘でした。我慢が消えたところに、気分的なものが露出してくるというのは、確かに犯罪に限らず、社会に幅広く見られる事象のようです。
また、中学2年の女子生徒からは「雰囲気だけで集団万引を犯すほど、私たちはバカではない。誰かに陰で悪口を言われることや無視されるのが怖くて、そのような行動に走る人も多い」という意見が届きました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100112-00000021-san-soci
